◆磨き始める前に
赤城はマスキングを終え、ポリッシャーの準備を始めました。
光男 「いよいよ、磨きですね」
赤城 「ええ。これから磨きます」
裕太 「磨きって、塗装を削ることなんですよね」
赤城 「確かに、塗装の表面を削ることにはなるかもしれませんが、でも、≪削る≫って言葉は少し怖いですね。
塗装がどんどん薄くなるようで・・・。
私たちが磨く部分は、塗装の上っ面のほんの一部なんです。
削るというより、コンパウンド(磨き粉)をボディ上に転がして、キズの縁のとがっている部分を滑らかにして、キズとして見えないようにするのが目的です。
もちろん、深いキズを全部磨いて落すようなことはしません。
塗装の一番上のクリア層はコピー用紙 1枚分の薄さくらいと言われています。
この薄さのものを半分も磨きません。
私たちの≪磨き≫は、美容整形だと、肌の表面を美化するだけです。
薄い肌をすり減らしたり、破っちゃダメなんです。
鈑金塗装は、肌の移植、再生が目的です。
私たちからすると、鈑金業者のスタッフが、簡単に塗装を削って下地を出すのを見ると、怖くなってしまいます」
光男 「そんなに薄いんですか・・・」
赤城 「最近の塗装は、環境の面から、油性の有機塗料から水性・水系の塗料に代わってきており、塗装は薄く、硬くなって来ています」
赤城は 2人の前に、ポリッシャーを 3つ、バフを数種類、並べました。
赤城 「ボディの状態に合わせて、ポリッシャー、バフ、コンパウンドの組合せを変えて磨いていきます。
紙ヤスリで金属を磨く時、まず、粗いヤスリで磨いて細かいキズだらけにして、だんだん細かいヤスリに替えて行きますね。
ヤスリでキズを付けて、さらに細かいヤスリで細かいキズを付け、さらにもっと細かいキズをつけて・・・と繰り返します。
車の磨きも、粗い磨きから、細かい磨きに、数回分けて磨いていきます」
光男 「ポリッシャーもいろいろあるんですね」
裕太 「全部、電気で動くんですか?」
赤城 「ここにあるのは、全部電動ですね。
エアで動くのもあるんですが、ウチはコンプレッサーが小さいので、エアの圧力が弱くて、その上タンクが小さいので、長い時間動かせないんですよ。
なので、ほとんど電動のポリッシャーで磨いています。
ポリッシャーについては・・・
これは、シングルポリッシャー。真ん中を中心として回ります。
これは、ギアポリッシャー。真ん中からすこしズレて、細かい星型に回ります。
そして、これはダブルアクションポリッシャー。楕円形にブレながら回ります。
研磨力が大きい順に、シングル → ギア → ダブルとなっています。
次に、バフ。
一番研磨力が強い、いわゆる磨けるのが、このウールバフ。
次に、このイエローバフ。
その次が、グレーのバフ。
一番ソフトなのがホワイトバフです。
そして、コンパウンド、磨き粉ですね。
中目と呼ばれるものはすごく粗いので、鈑金塗装には使いますが、磨きにはあまり使いません。
細目(ほそめ)、超微粒子、極超微粒子と細かくなりますので、ボディの状態に合わせて使用します。
ポリッシャー、バフ、コンパウンドの組合せで、
一番磨けるのは、シングルポリッシャー、ウールバフ、中目で、
一番最後の仕上げは、ダブルアクションポリッシャー、ホワイトまたはグレーバフ、極超微粒子となっています」
光男 「この車は、どの組み合わせから始めるんですか?」
赤城 「ボンネットなどに深いキズがいくつかあり、ウォータースポットもあるので、シングルポリッシャー、ウールバフ、中目コンパウンドから始めます」
裕太 「ここからだと、キレイに見えますけどね」
赤城 「高橋さん、ここから・・・この角度で見てください」
裕太 「うわっ!すごいキズ」
光男 「黒はキレイさを維持するのが大変ですよね」
赤城 「でも、大沼さんの車みたいに輝いているのを見ると、嬉しいでしょ?」
光男 「ええ、だから、いつも手をかけなきゃと思うんです・・・」
赤城 「車好きな方、こだわる方は、黒を選びますね。
私の車は、オークションに出品される前日に携帯に送られてきた画像だけで決めて、落札してもらったものなんですが・・・
シルバーだから、汚れにくくって、手がかからないけど、前に乗っていた黒の車を磨き上げた時のような嬉しさは味わえませんね」
光男 「でも、黒のボディは、一度洗うとキズがチラチラ見えてきますからね・・・」
赤城 「そうですね。
どんなに時間をかけてウォータースポットやキズと格闘して消したり、目立たなくしても、雑な手洗いなどをすると、数カ月後には結構キズが見えるようになることもあります」
光男 「それでも、可能な限り磨くんですね?」
赤城 「ええ、まあ、プロのプライドというものが、そうさせるのかもしれません。
それと、どんなに時間をかけてキレイに盛りつけられた食事やデザートも、食べるには、崩さないと食べれませんが、それと同じように、仕上げたばかりの車の輝きをお客様に感動していただきたいと思って、時間をかけて磨いています」
赤城は、ボンネットから磨き始めました。