◆磨き作業 1 ≪シングルポリッシャー磨き≫
赤城はボンネットから磨き始めました。
光男 「赤城さん、作業中に声をかけてもいいですか?」
赤城 「どうぞ、どうぞ。いつもは1人で磨いているので、音楽をかけたりしているんですが、独り言ばっかりなんですよ。
今日は、マニアの人に最初から最後までにらまれているのとは違って、友達と一緒みたいで、やりやすいです。
車のサイズもそう大きくないので、ゆっくり仕上げても、夕方には終るでしょう」
光男 「その、スプレーしているのは、水ですか?」
赤城 「ええ、水道水です。
磨きには≪湿式≫と≪乾式≫があって、水をかけながら磨くのを≪湿式≫と言っています。
ボディ上の水の上をコンパウンドを転がして、キズの縁を滑らかにして、キズを見えにくくします。
また、ウチのやり方ですが・・・ウォータースポットが多いボディの場合、水を多めにスプレーして、ビチャビチャ水を飛び散らせながら、時間をかけて磨くと、取れやすいと感じています。
ドライヤーで暖めてから磨くと、ウォータースポットが取れやすいと聞いたこともありますが、私は試していません」
ボンネットの磨いた部分がキレイに輝きだしました。
裕太 「うわっ!光ってる」
赤城 「まあ、まだ、磨き始めです。粗い磨きで、キズやウォータースポットを目立たなくさせている段階です。
ほら、よく見ると、ポリッシャーで自分でつけた回転キズが見えるでしょう?」
裕太 「見えます、見えます」
赤城 「これを、後の数工程で落としていくわけです。
よく思うんですけど・・・自分は 1台仕上げるのに、車の周りを何周するんだろうって」
裕太 「数えときましょうか?」
赤城 「いえ、結構ですよ。かえって気になって動けなくなりそうです」
裕太 「そうですよね~」
赤城はボンネット、天井、トランクと上に向かっている部分を磨き、次にサイドを磨き始めました。
赤城 「結構、このタイヤ回りのフェンダーが厄介なんですよ」
光男 「どうしてですか?」
赤城 「上面と同じく、洗うときに力がかかりやすいので、キズが多い部分なんですが、
鋭いプレスラインがあったり、金属自体が薄かったり、プラスチックだったりして・・・
駆け出しの頃は、プレスライン部分の下地を出したり、めくったりしたもんです」
光男 「そうなんですか?」
赤城 「ええ、そばで付きっ切りでを教えられたわけじゃなく、ある人に 1回だけ磨き方を見せてもらって、それをうろ覚えして、自分の車を磨いて、それからお客様の車でこわごわ練習しながら、お金を頂戴していったわけです」
光男「 高級車もですか?」
赤城 「ええ、コーティングする方は高級車に乗っている方が多いですから。
保険には入っていますが、上限は200万円ですから、それを超えたらマズイとは思いますが。
でも、高級車でも、エンジンや内装は別格ですが、塗装は何層か塗りが多いだけで、基本は鉄板・アルミ・プラスチックの上に、下地、塗装、クリアがのった物だと思って、緊張せずに、注意深く磨くようにしました。
磨き始めは緊張していますが、次第に、何の車を磨いているのか感じなくなり、ただ、ボディに対して向き合うようになってきます。
ロールスロイスを
4台磨いたことがありますが、作業が終った後で、知人に、ロールスロイスの中には塗装が柔らかいものがあり、キズを消そうとやっきになって磨き過ぎると、遠くから見ると色が微妙に違って見えるようになり、空輸で全塗装することになったりしたら大変なことになる・・・と聞いて、ビビリました。
そんなことになったら、ウチの保険なんかじゃ、全然足りないですから」
裕太 「うへ~。イギリスに空輸ですか~」
光男 「たまりませんね」
赤城 「まあ、最近、ロールスロイスは来ませんが・・・」
赤城はウールバフの磨きを終え、休憩することにしました。
休憩しながら、赤城はシングルポリッシャーに付いているウールバフを外し、グレーのスポンジバフに取り替えました。
光男 「少しずつ、細かいタイプに変えていくんですね」
赤城 「ええ、バフも替え、コンパウンドも超微粒子に替えます」
裕太 「1回で磨き終わるんじゃないんですね」
赤城 「ええ、経年車・・・新車以外を中古車って呼ぶのはかわいそうなので、経年車って呼んでますが、その経年車はボディの磨きに時間がかかるんです。
一般の方は、サッと 1回で磨いて、コーティングに時間がかかると思っている方が多いんですが、キレイな肌を作り上げる≪磨き≫に時間がかかるんです。
特にキズが多い車、ウォータースポットが全体にある車などは、1日で磨きが終らないこともあります。
さらに・・・細かい所に汚れがたまっている車や、ナンバープレートが汚れている車などの細部の手磨きに時間がかかることがあります。
ガラス系コーティングは、透明で、キズを埋めて見えにくくできないので、ボディの肌をキレイに仕上げないと、そのままずっとキズやシミなどが見え続けてしまうので、下地作りが肝心なんです」
しばらく、赤城はシングルポリッシャーで磨いていましたが、途中で磨きの手を止めました。
赤城 「お昼を過ぎましたが、お二人は、お昼ご飯はどうしますか?」
光男 「赤城さんは、いつもは、どうしてるんですか?」
赤城 「コンビニで買ってきたり、食べに行ったりですが・・・
今日は、出前を取りましょうか」
光男 「お願いします」
赤城はメニュー表を持ってきて、2人の注文をとり、出前の電話をかけて、戻ってきました。